若葉が水面に光っている。
小さな楓は竹刀を構え、流れる川に、刀の型を映していた。冷たい水に足を浸して、真剣に水面を覗き込む。
もっと静かな面がいいが、住まいの近場に池は無い。
盥に水でもあければいいが、兄姉に見られるのが恥ずかしい。
何せ、兄の真似をしている。
昨日はじめて竹刀を握った。兄に剣を教えてもらった。
喜びと誇らしさとが胸の中で弾け合い、高鳴る胸に急かされるように、楓は竹刀を取ってこの流れにまでやってきた。
昨日習った型に間違いはないか、入念に確かめるつもりだった。
兄のように強くなりたい。あの背中を追いかけたい。
ひたむきに楓は、水の中の己の姿を、見つめている。
その足元を、銀色の流線がよぎった。
「?」
楓は顔を上げた。楓のそばを駆け抜けたものは、流れを遡り、落ちかかる小滝に向かっていく。
滝に、輝く光の塊のようなものが翻った。
「魚?」
思わず楓は声を上げる。水を蹴立てて駆け出した。
それは、滝へと飛び上がっては水に落ち、水に落ちては、また飛び上がる。
滝はささやかなものだった。だが、銀色の魚はさらに小さい。それでも、己の小ささ、滝の広さになど見えぬよう、果敢に挑戦し続けている。
決死そのものの姿だった。きっと鯉だと、楓は思った。
兄から、清国の古い言い伝えを聞いたことがあったのだ。
鯉という長生の魚は、狭い滝を駆け登り、天へと至って龍に変わると。
その通りだと、楓は思った。この魚は必死だ。鱗が剥げ、肉が見えても昇ることをやめようとしない。きっと、龍になるために…。
魚は、試練に飛び込んでいる。
楓は、痛ましい姿に手助けをしてやりたかったが、それだけは懸命に堪えた。この命が生きている姿に向かって、手を出すことは許されないような気がしたからだ。
水と魚、奔流と生命のせめぎあい、一瞬、水が強く打たれた。
ぱあんと、飛沫が高く上がった。魚がきらりと空に閃く。
「やったぁ!」
我がことのように喝采を上げた。魚はすぐに見えなくなった。きっと力強く、流れを遡ってゆくのだろう。何者にも決して負けず、しっかりと前だけを見つめて。
そうだきっと、僕もいつかは。
それは、自分の剣技の上達を願ってのものだったが、知らず彼は、己の運命を見つめていたことになる。
いつか彼も龍となる人。
それでも今はそれを知らない。
ただ、やがて昇龍となる命の行方を祝福し、いつまでも滝上を見つめていた。
水は巴の字を巻いて、どこまでも豊かに、流れ続ける。