嵐の日。
使いから我が家の道場へと帰ってきた、楓と雪は。
敬愛してやまない師匠の躰が血の海に沈んでいるのを、見た。
「あ…」
楓と雪から殆ど同時に、呻くような声が漏れる。
倒れた慨世の傍らには、血刃を下げた守矢が居た。
信じられない光景に、楓の瞳が激しく震える。
血。刀。
その剣は、何を斬ったのか。
ふっと、楓の眼から光が消えた。
弾かれたように駆け出した。床に光った養父の刀を拾い持ち、守矢に向かって飛び掛った。
「…楓っ、楓!」
雪の悲鳴が追いすがる。
ゆっくりと守矢は振り返る。焦点の合わない、ぼやけた瞳。
その目に楓と刃が映る。
雷鳴が轟く。
鮮血が噴き出す。
左肩を押さえ、守矢は膝をつく。
楓は荒く息をつく。しっかりと目を開いているが、その眼には何も映ってはいない。
した、したと、雫が滴る音が続く。
楓は手元に目を向ける。
赤い。血が、楓の握った刀を伝い、床板の溝に黒光りして溜まっていく。
血。兄の血。
自分が斬った。
兄を、斬った。
「あ…!」
我に返り、楓は床に両膝を落とした。刀が落ちる。
逆に守矢は、よろめきながら立ち上がる。
自失となった楓の横を、呆然としている雪の隣を、無言のままに通り抜け。
雨の中に、消えていった。
響く、激しい雨の音。
次に楓が気が付いたときには、姉の嗚咽がそばにあった。
目の前に養父の躯がある。
姉はまだ温かさのある養父の躰にすがりつき、激しく声を上げ泣き続けている。
楓は瞬きをしなかった。
師匠が死んだ。
両目を一杯に開いていた。目の前のことが信じられない。身体がかたかたと震え出す。
師匠が死んだ。
地面が崩れる。がらがらと。闇の底へと落ちていく。
師匠が。師匠が、師匠が死んだ!
涙が溢れた。全身を震わせ楓は叫んだ。
涙の雫が返り血と混ざり、頬を伝って落ちていく。
なぜ。
師匠が死んだ。斬られて。
誰に…。
兄の手。赤い刃。
…まさか。いや、そうだ。
楓の心がある一方に傾いていく。
…よくも。
赤い涙が頬を転がる。
目の前の養父。何も言わない。
仁愛に溢れた、慈しみの人。ぬくもりの全てを与えてくれた。
もう戻らない。目は開かない。あの声もあの手もあの背中も、永遠にもう帰ってこない。
よくも…よくも…!
楓は兄を激しく憎んだ。誰かを憎みでもしなければ、失われた愛に耐え切れそうになかった。
ことの真相、兄の心など思いもしない。
神の意図など尚更のこと。
情けを知らぬさだめの指に、生まれる前から選ばれていたのも。