山の中の木、木の中の樹。
もっとも高く、もっとも大きい樹の肌を、幼い楓は禽の如くに駆け上る。
頂上近く、横に伸びた枝の上に、腰を落ち着かせた。
山で一番高い木。登ってみたかったのだ。
蒼い稜線。山々の間に村が見える。さらに向こうに何かある…遠い向こうに、碧く光るものは何?空と同じ青を映し、空よりも、深い。
池?湖?それとも、あれが、海?
大空と溶け合っているような、群青に輝く弓なりの線。
あの線の向こう…何も見えない、あの向こうには何がある…?
枝の上でつま先立って、伸び上がろうとした楓を、
「きゃああああ!」
少女の鋭い悲鳴が止めた。楓は目を下を向ける。そこには、砂の一粒のように小さくなった姉の金色の頭と、それよりはやや大きい、師匠の頭が見えた。
「何を、何をしてるの楓!危ないじゃないの、降りてきなさい!」
よほど驚いたのか、ないことに姉は金切り声になっていた。隣の師匠は、泰然として楓を見守っている様子だった。
登ったところですぐ降りるのは残念だった。楓は再び景色に目を戻そうとしたが、
「楓、あまり雪を驚かせるな。降りて来い」
師匠の声が聞こえたので、仕方なしに、景色を惜しみつつ、地上へ降りるべき枝へ足をかけた。
「広いだろう、楓」
楓の耳に、声が聞こえた。楓は慨世の姿へ目を落とした。慨世が、雪の頭を撫でてやりながら、こちらを見上げて微笑んでいる。
「この世は広いのだぞ、地も。海も。空はなお」
果ての、無い。
それが自分たちの生きる世界。洋々と輝く。
楓は、強く頷いてみせた。
「今行くよ、お姉ちゃん!お師さん!」
楓は叫ぶ。
瞼に残るのは海の輝き。空の色。
どこまでも自分は行っていいのだ。
この果てしなく広がる、空の下。
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