20 「こどもの歴史」






 小さな鈴か、細かい花がさざめくような。


 そんな声が、風に乗って屋敷の裏から聞こえてくる。怪訝に思い、守矢は裏戸を潜った。
 それが何かはすぐ知れた。
 守矢の小さな弟妹たち、雪と楓が、下屋を支える柱の元に集っている。
 顔を寄せ合い、時々くすくす笑いながら、何かを言い合っている。
 楓の手にあるものを見止めたとき、守矢はさっと顔色を変えた。
 魚が閃くような光。小刀だった。
 すぐ大股に、守矢は歩を進めた。怒鳴るようなことはしない。ただ、掌は固く握っている。
 雪と楓は同時に守矢に気がついた。中でも楓は、兄の拳骨をすぐに見止めたようだった。
「ひゃっ」
 楓は、兎の子のように逃げ出した。
「あ、楓?」
 弟のほうを振り向きながらも、雪は、逃げたりはしなかった。観念した様子で、じっと守矢が来るのを待つ。
「…」
 やってきた守矢は、弟妹が囲んでいた柱に目をやった。
 傷が、つけられている。複数あるが、二つずつ揃って、競うような間隔が置かれている。明らかに背くらべの跡だった。
 守矢は、その傷たちをじっと見詰めた後、
「…俺の不行き届きだが」
 訥々と、言った。
「師匠の屋敷だ。勝手にしていいものじゃない」
「…はい」
 雪は真っ赤になって俯いている。まるで閻魔と相対しているかのように、肩を縮めている。悪いこととは知っていたようだった。
 短く、言った。
「楓を連れ戻してこい。師匠に謝りに行くぞ」
 雪は顔を上げた。
「守矢、私が悪いの。私が言い出し…」
「連れてこい」
「…はい」
 聞き入れる様子の無いことを悟ったか、雪は耳まで血を浮かせたようになって、身を翻していった。
 残った守矢は、肩で息を吐き出しながら、柱を振り返る。
 静かに、見つめた。まるで、互いを追い合うような、その跡たちを。
 背比べの跡。だが、弟妹たちにとっては、競争のつもりであるのだろう。雪と楓は一つ違い。男女の差こそあれ、力量も、今のところ似たようなものである。
 だからこそ、競争したくなるのだろう。その甲乙を、自分たちの背比べでも争おうとしたのだろう。本人の意思でどうにかなるようなものでもないのに、いかにも幼い、彼らの仕業らしかった。
 傷痕たちを、守矢は目で追う。
 一番はじめは、今の守矢の腰あたりにある。
 それが今では、守矢の肩まで迫ろうとしている。
 守矢の目つきが緩んだ。
 こんなに、大きくなったのか。
 実感が守矢の胸に迫る。拳を解き、柱に向き直る。
 柔らかく指を揃え、そっと、頭と柱を手でつなげた。
 勿論、傷たちとは大きな差があった。
 それでも、この丈を越えていく時が来るのかな…?
 そううっすらと、守矢は思った。
 ふと、守矢は顔を上げる。雪がこちらに歩いてきていた。傍らに楓の姿がある。しょんぼりと下を向いている。
 今はまだ、雪のほうが背が高い。だがいつの日か、楓が雪を追い抜いていく日が来るだろう。
 その時、自分は?どれだけ成長しているだろう?
 背丈だけではない、剣士として、人として。
 至らずとも、兄と呼ばれる者して、彼らの規範になっていくことができるのだろうか?
 そう、守矢は思った。が、とにかくは師匠に謝罪せねばならないことを、再び頭に刻む。屋敷の一端を損んじてしまった。弟たちの不手際は、長兄の己の責任だ。彼らと共に、師へ謝りにいかねばならない。
 強いて面を硬く張らせて、守矢は弟妹たちを待った。







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