浪漫人に30のお題−24「よみがえる言葉」


24 「よみがえる言葉」




「うああっ…」
 炎に巻かれ、楓は地の上を転がった。
「その程度か…?慨世の後継…」
 氷の声が頭上から降る。
 楓は瞳を向けた。
 手に持つ刀に青い炎を纏わりつかせた、長身の男が立っている。
 嘉神慎之介。朱雀の男。
 かつて玄武の翁に師事した男。いわば楓とは同門のようなもの。太刀筋は見切られ斬撃は弾かれ…そして呵責なき…朱雀の炎!
 強い。
 うつ伏せたまま、動けなくなる。ゆっくりと嘉神は歩み寄ってくる。炎に煽られ、大気が揺らぐ。
 …勝てない?
 楓は思った。力量の差がありすぎる。
『行くな…まだ、お前には…』
 楓の脳裏に、兄の声が蘇る。
 満月の照らす竹林。兄は、そう言った。それは、寡黙な兄が沈黙を破った、ただひとつの言葉だった。
 土くれごと、楓は拳を握り締めた。
 そう…そうだったのかもしれない。
 自分の技が何一つ通じない。強すぎる。自分ではとても太刀打ちが…。
 空へ眼を動かす。曇天の中空、口を開いた暗闇の門が、今や楓を嘲笑うように唸っている。
 あれが地獄門。嘉神が開いた門。
 あの門を開くために、嘉神は門を守護する四神の一人である慨世を、斬ったのだ。
 慨世を斬ったのは嘉神。
 この男こそが、師匠を殺した真犯人。
 兄さんは…。
 楓は思った。
 …兄さんは、何も言わなかった。
 五年前のあの日、真実をその胸に収めて、ただ一人、無言のままに姿を消した。
 どうして、そんなことをしたのか。
 あの時に真実を…いや、何か一言でも言ってくれれば。
 自分はきっと、仇を討つため立ち上がっただろう。きっと姉も同じことをする。兄が一人でもそうしたように。自分たちは師匠の子だ。むざむざと父を斬られて、じっとしていられるわけがない。
 …そうだ。だから…。
 だからこそ。
 楓は刀を握り締めた。
 この男に向かっていくことを、兄は止めさせようとしたのか。
 この男は強い。自分や姉が向かっていっても、非情の剣に斬り捨てられるだけ。
 だから兄は。
 師匠殺しの悪名を被ろうとも。
 弟から憎しみを向けられても。
 真実を隠し、弟妹たちを遠ざけようとした。
 兄さんは、僕を、姉さんを…そうすることで守ろうとした…!?
「ぐっ…」
 楓は呻いた。涙。零れ出てくる。
 嘉神は哂う。
「命乞いか…?無様な…」
「違う」
 流れる涙をそのままにして、楓は言う。
「俺は、俺はなんて」
 馬鹿だったのだろう。
 刀を支えに、起き上がる。
 何故、兄が師匠を殺したなどと思ってしまったのだろう。どうして今まで気づかなかったのだろう。あまりに孤高な、兄の思いに。
『まだ、お前では…』
 あの言葉。寡黙過ぎる兄が零した、唯一の。
 俺たちを…守るために!
 きっと、涙を楓は振り払った。
「嘉神!!貴様を倒す!慨世の子として…そして、青龍として!」
 雷霆が轟く。楓の黒髪が光を放つ金色に輝き、獅子のたてがみのように翻った。
「貴様を止める!これ以上貴様の好きにはさせない!」
 赤い瞳を嘉神に向け、楓は言い放つ。
 若き青龍の吼え猛る声に、紅蓮の朱雀は低く哂う。
「やってみるがいい…。そして、悟れ!人の世に護る価値など無いことをな!」
 火影を従え、嘉神が迫る。
 まっすぐに楓は刀を構えた。
 俺は負けない。誰にももう辛い思いをさせはしない。させて、たまるか…!!
「うおおおお!」
 稲妻の束を引き連れて、楓は刀を振り下ろした。






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