風が吹き、ひらと、楓の葉が散った。
谷川近い杣道を、槍を携え歩いていた娘は顔を上げる。
晩秋、紅葉の落葉が続く。
娘は静かに手を伸ばし、飛び込んできた楓の一葉を掌に受けた。
色づいた葉。赤く、燃えるように。
青い瞳が物憂げに曇る。
楓。この葉と同じ名を持つ弟を、娘は探し旅していた。同じ名を持つものに触れ、娘の心がしくと痛む。
弟だけではない。兄も同じく、ずっと捜し求めている。
兄、弟というが、血のつながりは無い。それぞれが孤児であった身の上が、一人の男の元に引き取られ、きょうだいと呼び合うようになったのだ。
一人の男。養父。師匠。かけがえのない存在。
その、養父が斬られた。
娘は見た。嵐となった日、弟と二人。使いの帰り。屋敷の道場。養父は赤い海に沈んでいた。すぐ近くには血に濡れた刃を握った兄がいた。
それからのことを娘はよく覚えていない。
覚えているのは外の激しい雨の音。雷鳴の轟き。弟が兄に斬りかかったこと。そのまま兄が家から消えたこと。弟妹たちに何も語らないまま。
娘は葉を両手で包む。
誰が養父を斬ったのか。
弟は兄だという。兄が養父を斬り、自らも出奔したのだと。
確かに養父は、刃を下げた兄のそばで絶命していた。弟も彼女もそれを見た。
それでも彼女には信じられない。兄は兄弟のうち誰よりも養父を敬愛していた。とても弟の言うようには信じられない。
それに彼女は、…想起することさえ彼女は己で封じてしまっているが…、養父が斬られた瞬間を実際に目にしたわけではない。弟もそれは同じだった。本当には誰の仕業であったのか分からないのだ。
あの場にいたのは兄だけだった。だが、真実を語るべきである兄は何も言わなかった。沈黙したまま家を出た。
彼女は弟と二人になった。
いつしか、弟も彼女のそばから見えなくなった。兄を捜しに行ったのだ。父の仇と思い定めて。
彼女は一人になった。
そのままでいられるわけがなかった。
この天地のどこかに養父を斬った人間がいる。その真実を知るはずの兄。その兄を仇と探して追う弟。
弟は、良くも悪くも己の見たものをそのまま信じる。そして兄は、石のように重く黙って何もかも一人で抱え込もうとする。
引くことを知らぬ弟と、世辞にも饒舌であるとは言えない兄と。
あの二人が出会えばどうなる…?
不安を押し殺すように腕の槍を抱いた。この槍。父であり、師であった人が授けてくれたもの。技、心。かの人は全てを与えてくれた。
師匠。
真実は分からない。それでも何故か確信できる。
二人が争う。
そんなことを、師匠が望むはずがない。
止めなければならない。弟を。捜し出さなければ。消えた兄を。何としてでも。この、命を懸けてでも。
強く思う。歩き出す。
師匠。
二人を救う、力をください──
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