東雲が近い。
暁闇の中、少年は一人、深い森を歩いていた。
引き摺るように足取りは重い。今にも倒れ、足元から崩れてしまいそうなほど。
着衣は殆どずたずたに破れ、手に持つ刀の鍔元からは、鈍い朱色が離れない。
拭い切れない血糊の匂い。彼は人を斬ってきた。
ほんとうは倒れてしまいたい。
黒々とした髪の目庇、少年の瞳に光は無い。
どうして。
陰々と果てなく思考は巡る。
どうして。
どうして。
何のために。
何のために。
自分は。
自分は生まれてきたのだ。
足だけは確かに前へと進んだ。
まるで別箇の生命のように。
少年の中の少年ではない誰かが、彼をどこかに連れて行く。
お前はまだ、死んではならない。
お前はこれからも生きるのだ。
そんな声も聞こえた気がした。それはそう、彼女も言ったことだった。
強く。生きろ、と。
陰鬱な社を通り過ぎ、薄暗い木々の回廊も抜けた。
寂莫と潜まる森の外、黎明の気配はすでに濃い。
初めて、少年は後ろを振り返った。
濃い菖蒲色の天空に、雲が大きく渦巻いている。
その中央に、ぽかっとした空洞。
そこだけ雲が吹き飛んでいる。
あの場所。少年は眼に焼き付けた。
雪の如き純白の光が、天を衝いて駆け昇ったのを。
「…うっ」
若い喉から嗚咽が漏れた。
「…うわあああっ、ああああ、あぁぁっ…」
掠れた声と、尽きない涙。慟哭は長く、重く響いた。
夜が明ける。旭光が紫雲を刺し貫いた。天地に光輝が満ちていく。
封印の儀は、成されたのだ。
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