浪漫人に30のお題−30「どこまでも歩いていく」


30 「どこまでも歩いていく」






 その場所には。


 花は置かない。
 香も立てない。
 確かに、標ではある。
 しかし決して、墓ではないのだ。
 その場所に立つ楓は、そう思っている。
 立ち枯れた木々、強く吹く風、白い雪が舞い散る…。
 義姉を最後に見たところ。
 そして義兄も…同じようにこの場所に立つ、御名方守矢も…そう思っていると信じている。
 その証に、兄も何も持ってはいない。
 楓に背を向く兄の姿は、最後に別れたあの時のままだ。
 鉄紺色の外套に、一つに束ねた赤い髪。そして腰には、いつもの佩刀。
 それでも、楓の知ったときよりも一段と肉が落ち、双眸の光が厳しさを増したか。
 しかしそれは、楓も同じ。
 人は変る。変るのだ。
 昔の楓であれば、何か尋ねたかもしれない。
 今は違う。
 どうしているとも聞かない。
 道は分かれたのだ。
 兄は一人往く道を選び、弟は己の使命を忘れない。
 それだけのこと。それだけのことだ。
 ただ、この天地にある限り雪は降った。
 白く白く穏やかに、ときに、激しく。
 それはまるで、一人の娘の微笑みや涙のよう。
 優しい声、懐かしい影。面影は常に胸にある。
 時がどれほど流れようとも兄弟の中でそれだけは薄れず、いつまでも強い。
 重く、外套が翻る。兄が再び、歩き出す。
「兄さん」
 無言のうちにすれ違う兄に、弟は静かに呼びかけた。
「また会おう。一緒に、姉さんと」
 兄の返事は聞こえなかった。かすかに頭を動かしたような、その仕草だけが楓には見えた。
 続いた足跡も、やがて消えた。
 一人立ち尽くす雪風の中で、楓は空へ、手を伸ばした。
 重ねた時間。数々の思い出。
 それが絆。共に生きた自分たちの。
 拳を握る。この想いを離すまいとするかのように。
 生きてゆく。
 この先に如何な運命が待ち受けていようとも。
 己が行くと定めた道を、どこまでも歩いていく。







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