02 「笑顔」



 微笑む。
 その子が。


 それだけで、京は瞳を奪われる。
 何でもないことを話しているだけ。
 どうだっていい、他愛のないことを。
 それでも、ユキは笑う。
 いかにも楽しそうに、その美しい目を柔らかに細めて。
「本当に?」
 鈴のように綺麗な声。凛としながらどこか甘い。
 そのたび鼓動が早まることに京は焦る。焦りながらも、もう一度、と、期待する。
「ああ。笑っちまうだろ?」
 できる限りの平静を装い、そう言う。
「うん」
 また、笑う。まるで日だまりのような暖かさで。
 見とれずにはいられない。あまり見るのも行儀が悪いなど、そんなことも吹き飛んでいる。
 人より大きいユキの瞳は、光にかざした飴玉のよう。きらきらと澄んでどこまでも明るい。
 思わず京は目元を和らげる。
 高校の外、日本の外。広い世界も知っているが、こんな人には出会ったことがなかった。
 学年を一度留年しているうえに、その他おかしな噂も絶えないだろう自分を、奇異と見ている様子もなく、至って普通に接してくる。
 真っ向から自分と向き合って、ほがらかに声をかけてくる。一つ二つ言葉を返すと、明朗な調子で答えてくれる。
 おだやかな慈雨を受けるよう。気持ちが優しくなっていく。
 近くにいたい、この子のそばに立っていたいと、ごく自然にそう思う。
 だから京も。
「な。でも、ほんとなんだぜ」
 笑った。とびきりの笑顔、その微笑みを、そのままユキに返すかのように。
 それは誰にも見せたことのない、京の中から生まれた笑顔。
 一つ、大切なものを見つけた、心からの喜びのもの。


BACK