どうしてだろうか。何時もなら、静寂の内にいる自分が、今はいなかった。 動揺。 気にしなければすむ事だ。 だが、しかし、それでいいのだろうか。 沈黙。 深夜にも拘らず、寝付く事など出来ない程に、気だけが逸った。 何処へ行けば良いのか、そんな事など知るわけもない。しかし、その場に向かう為に歩いていなければ、この動揺が増すような気すらした。 そして、行かなければならない、とも。 何故、この地を訪れたのか。今、雪が住んでいる、過去、自分自身が雪といた、楓と師匠もいた、この街へ。自分は、まだ役不足だというのに、偶然にも逢えたら、とでも思ってしまったのだろうか。まだまだ未熟だな… 誘われるようにして辿り着いたのは、いつか雪と違えたあの橋。 否、楓が嘉神慎之介を、自分がかの剣豪と、剣を交え後… 昨日降り積もった新雪の中に、満天の星輝く夜空を向こうに、彼女―雪は独り佇んでいた。寒空のこのような時間にも拘らず、橋上から橋下を流れゆく川水を見ている。何かを思い詰めたようにしか見えない横顔が、己自身を苛む。人目を憚ることなく下ろされた金髪の髪が微かに揺れている。涙を抑えようと必死になっている仕草だった。 降り積もる新雪を踏みしめ、雪の傍に歩み寄った。自分の外套を即座に脱ぎ去り、そっと雪に掛けてやる。 雪は驚きと困惑の色を浮かべたが、すぐに嬉しそうな顔をして外套を羽織り直した。 雪自身は嬉しそうにしているところを隠しているつもりだろう。 「守矢…どうして?」 嬉しさを直隠し、気を遣ってくれているのが知れた。その事は何も触れずに続ける。 自分には珍しく、心内を伝えた。伝えた方が良いと思った。 「虫の知らせかもしれん。今、雪…おまえには逢っておかなければならない気がしてな。」 楓は口にするまでもない。同じ師を仰ぎ、教えを請うてきた剣士である以上、出来て当然だ。出来なければ、楓は所詮それだけの男に過ぎない。そして、そんな義弟を持った憶えも無い。 雪は、雪自身が思っているほど強くは無い。 自分を顧みず、必死になって、想ってくれる。 直向に、健気に、想ってくれる。 しかし、自分には、そのような資格も、器も無い。まだ、自分にはやらなければならぬ事がある。 橋下の川水は流れゆく。 夜が白々と明るくなってきた。程なく、楓も起きる頃に違いない。 「楓には黙っていろ。もう帰れ。」 楓に会うつもりは毛頭無い。今現在、自身と楓の考えでは、平行線でしかない。分かって、会ってどうするというのか。そのような事で雪を煩わせたくは無かった。 雪は知ってか、知らずか、涙を溜めていた。 頬につたう雫。 守矢は雪の頬に触れた… 頬の雫をふきとり、橋上をあとにした…