結局、京とユキとが落ち合ったのは、痺れを切らせた京が学校へと引き返そうとしていたその途中でだった。
高校へ向かう辻を曲がったところで、京はユキと鉢合わせた。
「あ」
京と顔を合わせた瞬間、ユキの口からその声が零れ出た。
「よう、今日は遅かったんだな?」
別に何の他意も無く、京は言った。万に一つ、何かあったのではという心配も混じっていたのだ。
「う、うん」
京の顔も見ないで、ユキは俯いた。京は怪訝に思った。何故、目を合わせないのか。
すると、直線上の向こうから、複数の女子が歩いてきているのが見えた。部活動帰りなのか、無精にも学校指定のジャージを着たままの子もいる。あれは、京と同じ学年の色だ。クラスで見た覚えのある顔もあった。
確か、ユキと同じ陸上部だった。
京はユキを見た。さっきユキを待っていた店で、ユキの友人に見られていたことを直感的に思い出した。それは、あまり良い気分だとは言えなかった。
「ユキ、早く行くぜ?河原でいいや、そこ行こう」
急かすように言う。彼女たちに見られれば、また自分の知らないところでまた何かを言われるのだろう。それは避けさせたかった。
「え、うん」
大股に歩き出す京の後ろをユキは追った。河原は京とユキのお気に入りの場所だった。広々とした川で、川辺には緑も多い。何となく開放的な気持ちになれるのも良かった。
いつものように、横に並んで道を歩いた。
おかしい。
京は思った。
河原までのそう遠くない道のり、いつもなら楽しくおしゃべりをしながら過ごすところである。しかし、今日は違った。
ユキが京を見てこない。
時おり、目だけは向けてくる。だが京が顔を向け、一瞬でも瞳が合うと、ユキはすぐに下を向く。視線を外し、まるで京の目を見たくないかのように。
それは今までに無かった態度だった。何故だか京には分からない。何とか適当な話題を振り向けるものの、ユキは上の空といった調子で、少しも会話が続かない。しまいに京は黙ってしまった。
何かあったのか。
沈黙の中でそう思った。
もしかして、さっき学校から出てきた奴らに、自分に関することを言われたのか。
癇症めいてそんなことを、先ほどのユキの友人たちのこととも関連づけて考えてしまう。京自身、普段からユキに対して意識して触れなかった話があったからこそ、そんなふうに思ってしまったのかもしれない。
何を言われたのだろう。どんなことを言われたのだろう?
ユキを見つめたが、相変わらずユキは京を見ようとしない。むしろ、京が見るからこそ下を向いているような向きさえ見える。
なんで俺を見ない?
ずっと仲良くしていたユキの、この態度の豹変。
…まさか……嫌われてしまったのか?
飛躍したようにそう思った瞬間、身体中が冷たくなった。
どうしよう。どうすればいい。
頭でも抱えたいように京は懊悩した。しかし、こんな態度を取られる理由を、ここ数日の己の行動からでも京は思い出すことができなかった。
思い当たるとすれば、周りの評判だ。本人の意識はともかく、高校の中で何かと悪目立ちするらしい自分である。もしかしたら周りに何か言われて、ユキは自分と接することをためらうようになったのではないか。しかし、ユキは周りの評価で自分自身の判断を下すような子ではないと思っていたのだが…。
京は考えた。
それから、ぐっと、右手を握った。何か、心を据えさせたように。
ずっと腹蔵していたことを言うのは今しかないと、思ったのだった。
嫌われた、と感じたことに対するやけを起こしているのではない。もし本当にそうなのだとしても、それは噂を聞いたためではないのだろう。ユキはそんな子ではないと、彼女の態度を目の前にしても、京は言い切ることができる。これまで付き合ってきたのだ。何度も彼女の、聡明で澄んだ笑顔を見てきたのだ。根拠はなくても、京はそう思うことができる。京自身に思い当たることが無くても、彼女には、何か気に障ったことがあったのだろう。そうとしか京には思えなかった。
だからこそ、自分は、言わなくてはならない。嫌われてしまったのなら…どうしても嫌われてしまわなければならないのなら、本当はそんなふうに思うことすら恐ろしいのだが…自分の全てをさらけ出して、とことん嫌われてしまったほうがいい。
京はそう思った。いつかは話さなければならないことだった。その時がついにやってきたのだ。
京は静かに目を閉じた。
握り締めた拳から、瞬間、太陽のような火影が立つ。
俯いたままのユキは、見ていなかった。
|