ユキの顔が氷のように透き通った。
怒鳴りつけてなお気の治まらないように京は肩で息をしていたが、紙のように白くなったユキの顔を見て、我に返った。
『お前には関係ない』
己の放ったその言葉に、今更のように京は青ざめる。
決してユキには言ってはならない言葉だった。
ユキは、京の背負う宿命の重さを知らない。
何も知らない。
草薙の血も、八神との確執も。
そもそも、格闘技を見る目すら持ってはいないのだ。
何の関係もない。京と、ユキには。
京は己を呪いたくなった。
なんということを言ってしまったのか。
関係ない。
関係ないように、させていた。
自分を取り巻く面倒なものには絶対に関わらせまいと、そうしてきたのは自分なのに。
ユキはただ、自分を心配してくれただけだ。病院にもすぐ駆けつけてきてくれた。草薙の炎を見てもなお自分を受け入れてくれた、優しい、無二の少女。
それなのに。なんということを言ってしまったのか…!
京はユキが怒ると思った。泣くかと、思った。
しかし、違った。
みるみるうちに、ユキの瞳が凍り付いていく。怒りの極限。
「あ…」
京の背中が寒くなる。何かを言わなくてはならない。言葉、言葉を。
しかし。
「…そうね」
もう、遅い。震えた声が笑っていた。
「古い古い武術のおうちに生まれたあなたと、ただの女子高校生の私とじゃ、住んでる世界が全然違うものね」
ユキは笑った。唇だけで。
京の胸がきつく軋んだ。
そんな言葉は聞きたくなかった。
そんな言葉を言わせるつもりはなかった。
「ユキ…俺は」
思わず手を伸ばした。が、ユキは影のように身を引いた。
「もう止めないわ。何も言わない。…けど、これだけは言わせて……補習にだけは出なさいよ。…あなた高校生なんだから」
言い残し、音も無く病室から消えた。
一人きりとなった病室で、窓から射し込む西日が、より強まって京を貫く。
京は立ち尽くす。刺すような光。その眩しさに目を眇める。
空が 赤い。
草薙の炎と同じ輝き。
京は自分の腕に目をやる。朱の光に染まった包帯をするすると解く。
露出した肌には、生々しい傷が十分に残っている。治癒には暫くかかるだろう。
だが。
京は構え、草薙流古武術の基本の型を繰り出した。鈍い痛みが腕に走るが、深刻なものは感じない。調整を重ねれば問題は無い。京はそう思った。
もう、すぐにでも戦える。
激しく京を駆り立てるものがある。
この血も拳も、誇りのために。
…が、しかし。
立ち止まり、考えずにはいられない。
本当にそれだけでいいのか。自分はそれだけの人間なのか。
あの子を傷つけたまま、平気でいる?
「…くそっ!」
呻いて、壁に拳を叩きつけた。
緋色に沈んだ黒い影が、重く壁に滲んでいく。
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