10 「容赦なし」



 太陽が沈む。
 燃えるように輝く夕陽が、一日が終わるあらゆる光を引き連れて、西の果てへと還っていく。
 朱色、緋色、赤色。めくるめく絢爛の光の波をずっと肩に受けながら、しかしユキは、一度もそれらに目を向けなかった。
 たった一人で、京が払った野原にしゃがみこんでいる。
 膝を抱き、深く頭を垂れたまま。黄昏があたりに満ちてきても、顔を上げない。
 泣いている。
「…」
 零れる涙を拭いもせずに、ユキは肩を震わせていた。
 京の前では堪えていたが、京の病室を出てからもう一度野原を訪れ眺めているうちに、たまらなくなったのだった。
『お前には関係ない』
 京にぶつけられた先ほどの言葉が、ユキの耳にこだましている。
 ひどい、と思う。
 京は少しも分かっていない。入院したと聞いて一体どれだけ心配したか分からないのに。
 涙の中でユキは思う。
 京が見ているのは格闘の世界。
 それはユキは、前から何となく感じていたことだった。
 少し前、あの紅丸という青年がやってきた時の…京の顔を見た時から。あの時、京と紅丸が何を話していたのかユキは知らないが、あの日から京は、どこか遠くを見るような目をするようになったような気がする。ユキの知らない何かを、ずっと見つめているような…。
 そして、あのすさまじい炎の技。その後の京の高揚しきった顔。あんな顔をした京は一度も見たことがなかった。
 しかし、あれが京の本当の顔なのだろう。生まれた家の武術を背負う、格闘家としての。
 ユキの知らない京の側面。元から京が持っていた一面。
『負けたくらい何なのか』
 そうユキが言った時、京はまるで牙を剥いたかのように苛烈な態度を見せた。京は自分が生まれた家を、その拳を、限りなく誇りに思っているのだ。だからユキの言葉に対し、あんなにも激しく怒った。ユキは、京が最も嫌がる時に、最も嫌がる形で、その逆鱗に触れてしまったのだ。
 思い知らされる。
 京は格闘の世界に生きている。
 自分と共にある、平凡な日常の世界の中には、生きてはいない。
 涙が頬を伝い落ち、黒い大地に染みていく。
 それが現実。
 容赦が、無い…。
 一人ユキは、尽きない涙を零し続ける。 




(「11」へ続く)

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