花という花が、硝子に閉じ込められたようになっていく。
夏の休日、突然の夕立に降られ、京とユキは通りの軒下に駆け込んだ。
「どうしよう?京?」
言いながらユキはハンカチを取り出し、京の濡れた髪や腕を撫でてやる。
「すぐ止むだろ」
休日の人ごみをすり抜け、街外れのここまでやってきた。通りは長い坂の上にあった。霧のように煙る街を見下ろし、こともなげに京は言う。
「そう?」
ユキは空を見た。一面、鉛色の雲に覆われている。その激しい雨音は耳ではなく頭に直接響いてくる。
「ああ」
京の答えは変らなかった。
ユキの頬がわずかにふくれた。足先に目をやって、もじもじとさせる。
天気予報は雨だなんて言ってなかったのに。
白いミュールも、アクアマリンのアンクレットも、今日に初めて足を通したのに。
透き通る肌を飾るそれらは、砂利と雨に汚れていた。
ただしそれをぼやいたとしても、この恋人は耳を貸しもしないだろう。
「なんだそんなもん、拭けばいいじゃねえか」
そんなふうに、薄情に言うに決まってる。
ユキはそっとため息をついて、もう一度京を見た。
京は、空を見ていた。その黒い瞳は、空に向かって、何かを期待しているように見えた。
「何か待ってるの?」
ユキは尋ねた。
「ん?ああ…」
変わらず京は空を見ている。ユキは、空を見上げた。
雲の隙間に青空が覗いた。それと見る間に雲の色が薄まり、雨がどこかへ去っていく。日が射し始めた。雲が輝く。鮮やかな虹が空に架かった。
「へへっ」
京は笑った。
「ほら、こういうのがあっから夏っていいよなぁ」
子供のような笑顔で、ユキに向かって笑いかける。
太陽のようなその笑顔に、不機嫌でいることも忘れてしまって、ユキはこくりと頷いた。
遥か東、橙に煙る夏雲の姿。光の浮橋は夢のように、空の中に浮かんでいる。
この時限りの。その、輝き。
そっと、ユキは右手を彷徨わせた。京の手を捜す。京の温度に触れたかった。京がそこにいることを感じたかった。
手が触れ合う。京は強くユキの手を握った。京もユキを捜していた。目を見交わして、二人は微笑う。
声もなく、空のうつろいを見つめ続ける。ただ、指と指とを絡めて。
京とユキは、ずっと見ていた。
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