30 「キスして」



 七色の綾。時が過ぎればあとかたも無くなる光の絵画。
 夏の空色に溶けていく。
 京もユキも見つめ続けた。その輝きが、霞となって消えゆくまで。
 すぐ近くに、肩を寄せて。
「綺麗」
「ああ」
 京はユキの手を握る手に力をこめた。
「お前と見られて、よかった」
 ユキは空から目を離す。
 京の瞳はユキを見ていた。
 かすかに微笑む、その穏やかなまなざしに、淡くユキは頬を染める。
「…うん」
 目を伏せ、小さく頷いた。
 そのまま睫毛を、そっと重ねた。
「…」
 京は沈黙した。
 ユキの瞳は変らず閉じられている。
 唇はゆるく結ばれ、夢見るように空を、京を仰いでいる。
 その花のような白い顔を視界の正面に据えたまま、京は囚われたように動かない。
 ユキも、動かない。
 雨を吸い込んだ、むっとするような地面の匂い。
 雫が地面にぱらぱら落ちる。
 通りの花壇の花が揺れた。
 ユキの睫毛がわななき始める。蝉の声は埋め尽くすよう。鼓動は京を震えさせた。
 小さな炎が、ユキに灯った。
 ぎこちなく、唇に。熱く。
 白桃の頬に紅が差す。ユキの背に京は手を回した。京の胸にユキはすがりつく。
 とても、とても長い時に思えた。
 足元をふらつかせたユキの体を、両腕を広げ京はしっかりと抱きとめた。




(「31」へ続く)

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