31 「一番好きなこと」



 じっと、二人は抱き合っていた。
 雨だれの音も、蝉の声も、二人には聞こえない。
 世界に在るのは自分たちだけのように。
 声はなかった。決して言葉にはならない言葉を、お互いの熱に感じている。
 鼓動の音に耳を澄ませる。限りない安息が胸の内に広がっていく。
 時の流れも忘れてしまって。
 そっと、京はユキの肩を抱いた。ユキは顔を上げる。
 見つめ合い、瞳を閉じ、もう一度、二人は口づけを交わした。 




(「32」へ続く)

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