「義兄さんっ…」 僕は呼び止めていた。 義姉さんの眠る、封印の儀が行われた、この場にいたのは、紛れも無く、御名方 守矢、その人だった。 常世の使者をこの手で葬り、命ヲ狩ルモノ―お師さんを……、そして、封印の儀を終えて暫らく後だった。 義兄さんがどうしてこの場にいたのか、そんな事よりも、話をしたかった。 否、しなければ、そう思った。 「義姉さんの事は……?」 「知っている」 「義姉さんは…」 「言うな」 ぴしゃりと、言い放った。 義兄さんには珍しく、感情が声に出ていた。僕以上に、思い詰めているかのようだった。僕は、何も言えなかった。 暫らく沈黙が続いた。 このままでは、いけない。 沈黙を破るようにして、 「義兄さんは、義姉さんと何かあったの?老師の所へ呼び出される、少し前だったかな。義姉さんが夜中いなくなっていて、朝には帰っていたけど、その日から少し、義姉さん変わったように思うんだ。その日は、一日中嬉しそうだった。夜毎、部屋にこもってもいたな。部屋から出てくると、義姉さん、元気になっていたんだ。気にはなったけど、義姉さんに下手に心配をかけたくなかったから、気にしないようにしていたんだ。けど、この前、家に戻ったら、義姉さんの部屋に、これが…義兄さんの外套がちゃんと手入れまでして、置いてあったんだ……」 声を出すことが苦痛になってきた。それでも、義兄さんは顔色も、表情も、何一つ変えることなく、沈黙を守り、僕の話に集中しているようだった。 何振り構わず続けた。 「義姉さんは、箪笥の下から二段目、自分のお気に入りの着物を入れておく、その段に、義兄さんの外套を大切にしまっていたんだ。そして、夜毎、この外套を見て、何かを思い出していたんだ。」 おそらく、義兄さんのことを…… 思わず、口に出そうになった言葉を飲みこむ。この言葉は、僕が言うべきではない。 「家を発つ時、義姉さんは、もう、戻れないことを…」 「言うべきではない。」 「ごめん。義兄さん、この外套……」 「持っていたのか」 「うん。義兄さんに、もし会えたら、何時でも返せるように。義姉さんは、返そうと思っていたから、部屋に置いておいたと、そう思うから。雪義姉さん自身が叶えられないなら、僕が叶えなくては、そう思ったから。」 今は、新調したであろう外套を羽織っている守矢義兄さんは、外套を受けると、義姉さんの眠る御神体に寄り、外套を置いた。 そして、何も言わず、この場を去った。 義兄さんは、何も言わない。否、言わずとも知れた。あの外套は、雪義姉さんが返しに来るまで、待つということに…… 義兄さんは、僕の憧れのまま、何一つ変わっていないようにも思えた。